子どもの“うっかり”や“集中できない”の背景にあるもの ~ワーキングメモリと実行機能~
◆ ワーキングメモリには2つのタイプがあります
- 言葉のメモリ(言語性ワーキングメモリ)
→ 会話や暗算、口頭での指示を理解する力。
→ たとえば、子どもが「3つの指示」を一気に聞いても、途中で忘れてしまう場合、ここが苦手かもしれません。 - 見た目のメモリ(空間性ワーキングメモリ)
→ 黒板を見ながらノートに写す力や、見たものを覚えておく力。
→ 例:歯科医院での検査手順を見ながら覚えるのが難しい子がいるときは、この力が関係していることも。
◆ ワーキングメモリが強いと…
- 長い文章の意味がよくわかる (文章理解力や推論能力が高い)
- 見て考える力(図や絵の理解)が高い (視空間処理能力が高い)
- 目標に向かってしっかり進める
- 集中が途切れにくい
- 学校の勉強にも良い影響
◆ 逆にワーキングメモリが弱いと…
- 話の途中で「え?何の話だっけ?」となる (文章の意味を理解しにくい)
- 一度にいくつかの指示を出すと混乱してしまう (口頭での指示に従って行動できない)
- 黒板を写すのに時間がかかる
- 余計なもの(テレビや周囲の音)が気になりやすい
特に発達障害のある子どもでは、これらの困りごとがよく見られます。
◆発達障害とワーキングメモリの関係
- 注意欠如・多動症(ADHD)
ADHDの主な特性である「不注意」や「衝動性」は、ワーキングメモリの弱さと関連していると考えられています。ワーキングメモリが弱いと、情報を一時的に記憶したり整理したりすることが苦手になり、その結果、注意が続かない、忘れ物が多い、指示を最後まで守れないなどの困りごとが生じやすくなります。 - 学習障害(LD)
LDでは「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算・推論する」などの能力に困難が生じますが、これらの多くはワーキングメモリの弱さと関連しています。特に、読字障害(ディスレクシア)や算数障害(ディスカリキュリア)では、言語性や視覚性のワーキングメモリの障害が関係していることが研究で明らかになっています。 - 自閉スペクトラム症(ASD)
ASDでは言語的な短期記憶に困難がみられる場合がありますが、ワーキングメモリ自体に大きな問題がないケースもあります。
◆ 実行機能とは?
「ワーキングメモリ」がメモ帳なら、「実行機能」はやることリストの進行係みたいな役割です。
目標に向かって、行動をコントロールする力です。
主に次の3つがあります:
1.抑制する力(がまんする)
→ 例:宿題中にスマホを見たくなっても、我慢してやりきる力。
→ 弱いと、「ついゲーム」「ついYouTube」「ついスマホ」など誘惑に負けやすくなります。
*歯科現場でよくあるシーン
…「じっとしてね」「動かないでね」と伝えても手や足が無意識に動いてしまう、
…口に器具を入れられた瞬間に反射的に口を閉じてしまう
2.切り替える力
→ 例:洗濯物を色ごとに分けて、それぞれの引き出しに入れる。
→ 苦手な子は「一つの作業に固執してしまう」傾向があります。
*歯科現場でよくあるシーン
…歯磨き指導から本治療への移行しても「まだこれやってるのに」と、気持ちが切り替わらず不安定になる。
3.更新する力(頭の中の情報を入れ替える)
→ 例:終わった作業の情報を忘れて、次の作業に集中する。
→ これが弱いと「頭の中がごちゃごちゃ」になりやすいです。
*歯科現場でよくあるシーン
…前回と治療方法が変わったことを伝えても前のやり方にこだわってしまい、うまく対応できない
◆ 子育てや現場でのヒント
- 指示は一つずつ、わかりやすく。
→ たとえば「まずお口開けようね、それから歯を見せてね」と順番を区切る。 - 視覚サポートも有効。
→ 絵カードや写真での説明は、空間性ワーキングメモリの助けになります。 - 何度もやっているのに「また忘れてる!」と怒らない。
→ それは「覚えていない」のではなく「覚えておくのが苦手」な場合があります。
◆ さいごに
発達障害のあるお子さんや、認知機能に特性がある方にとって、ワーキングメモリや実行機能の難しさは、日常のちょっとした行動にも影響します。
これは本人の努力不足ではなく、「脳の仕組み」によるものです。
サポートや工夫でぐんと過ごしやすくなるので、まずは理解することが第一歩です。
参照:
前原由喜夫「発達障害の認知的コントロール機能とその生涯発達」障害者歯科アクティブネットワーク(2025年6月15日)